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法輪寺

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斑鳩から西ノ京にかけて法隆寺や唐招提寺、薬師寺は有名だが、法起寺法輪寺となるとわざわざ訪れる人は少ない。もう少し、西ノ京よりの慈光院は上がってお茶やお菓子をいただけるので寄る人もいるだろうけれど。

車で通るといつも塔が見えるがわざわざ立ち寄ろうという気にならない法輪寺。
先日亡くなった義母がこよなく愛した寺である。今回初めて訪れた。
義母はこの法輪寺がある三井の出身で今も生家は健在。
毎年帰る度に法輪寺の節分の「星祭り」お札を持たされ、「…?」だったのだが、義母の生家から目と鼻の先、庭の一部のようなものだ。現在義母の姪の一人(といっても70歳を超えている)が法輪寺のお手伝いをしている。
たまたまたち寄った日にはその人がおり、長老に紹介された。そのとき初めて尼寺だったことを知る。
長老が、カツさんのご家族なら、ぜひにと茶室に通してくださる。
そして義母との話を通して、母の生家との関わりの深さを知る。

長老の淹れてくれる美味しいお茶と、寺の御紋入りのお菓子に荒天の中、冷えきったからだが暖まる。
小さい頃、法隆寺の宗務所でよくいただいたお茶とお菓子を思い出す。
当時祖父は法隆寺の宗務所で事務を執っていたのだ。
ピアノの帰りに祖父に会いに寄っては上がり込んでお茶とお菓子をいただいていたのだ。
今思えばよくもまあ、あんな子供にちゃんと上等のお茶を出してくれたものだ。若い僧が運んできてくれたのを覚えている。
長老にその話をすると、まあまあ、それでは忠治先生のお孫さんでいらっしゃりますか、まあ、なんと言うご縁でございましょう、私自身は直接は存じ上げませんが、父や母からよく忠治先生のお話をお聞きしておりました、と。
私は幼稚園の頃法隆寺の塔頭におられる先生にピアノを習っていた。
先生のお父上は法隆寺の研究のために来られていた大学の先生。
都会の香りのするお母さん、ピアノの上手なお姉さん先生、レース鳩を飼っているお兄さん。
お父上の竹島卓一先生は昭和19年に雷で焼失して、国宝の指定を外された法輪寺の三重塔、再建時に設計をされたそうだ。

薄暗い茶室でお茶をいただきながら、久しぶりに奈良の子に戻れた気がした。





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by friand | 2012-03-30 21:39 | 雑記

二十年ぶりに

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二十年ぶりに自分のおひな様を出した。
ずっと押し入れに入っていたままだったのでどういう状態かとても心配だったが、出してみると傷みもなく、何一つ欠けることなくきれいな状態で現れた。

子供の頃の早春の宵、ぼんぼりをともして、ただ何をするでもなくこのおひな様の前に座っているのが好きだった。
少し湿った空気と土のにおいが古い木造家屋のにおいと混じってしっとりと身体にまとわりついた。
薄暗い座敷の照明。
邪気のない静けさ。
夜中にこっそり宴を繰り広げるのだろうか。



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by friand | 2010-03-09 21:26 | 雑記

時代

昨年より断続的に奈良の生家の整理に入っている。
無人になっていた家だが、ちゃんと住みこなせば“お屋敷”といえる造りだけに荒れ果てた姿は見るにしのびないものがある。
しかし私が帰るとこの家が大きく深呼吸するのを感じる。生きている。
この家の持つ矜持だろうか、荒れた中にも毅然とした姿を保つ生家を前にして、維持しきれない末裔として忸怩たる思いがある。
戦前志賀直哉邸をはじめ文化人の家も多く手がけてきた数寄屋造りの下島松之助棟梁の仕事には80年経った今も何の狂いも生じていない。

子供が育つには住みにくい家だった。夏涼しく冬寒い伝統的な日本の家。南側と北側の両方に廊下があり窓のある部屋にあこがれた。
唯一窓のある部屋が女中部屋だったというのは皮肉な話である。

ここは八墓村ですか? 奥から双子のおばあさんが出てきそうですね、と言った人もある。
しかし、私にとっては不思議と邪気のないこわくない家だった。

色んなものの行き先を見つけてあげないといけない。

棚の奥に私がはじめてフランスに行ったときMORAで買ったシノワがあった。
余りにプロっぽすぎて家庭では使いにくく、ずっとお蔵入りしていた道具だ。
これを見つけた骨董屋の友人が、
「これは売れるよ、いい感じで時代が出てきている」という。
ああ、持ち主の私にもずいぶん時代が出てきているけど、値打ちはどうだろう。
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by friand | 2010-03-02 21:08 | 雑記

おひなさま

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思いがけず登場した和風の飾り棚のおかげで、玄関に季節感を出せるようになった。

奈良のおひな様と言えば一刀彫。作家や時代によって表情や奈良絵の衣裳の色合いなども違いがある。
5段飾りを出すのは大変だし、一つくらい持っていてもいいでしょう、ということで昔母が買ってくれたもの。湿気でシミが出てしまったけれど気に入っている柄とお顔。

私が子供の頃はおひな様は5段飾りが主流だったようで今のようにお道具つきの7段飾りではなかった。
私はお道具が欲しくて欲しくてたまらなかった。初節句の写真を見たらお道具が並んでる。このときだけ伯母のものを借りてきて飾ったのだそうだ。
私が大人になってからなのだけれど、その話をしたら伯母が自分のお道具を貸してくれるという。伯母の方はおひな様が傷んでしまってもう手許にはないらしい。そのまま持っていていいよ、と言ってくれて借りたままになっていた。
その後何年かして伯母は亡くなった。
従姉にその話をしたら気に入っているんだったら、Yちゃんにあげる、と言ってくれた。ありがたく伯母の形見としていただいたのがこのお道具。

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d0003995_752130.jpg最も気に入っているのがこれ。携帯用のお弁当箱なのだろうか。開くとこんな感じに。
飾ったことのある人ならわかると思うのだけれど、“雛形”と言う言葉があるように、おひな様は全てが本物そっくりに出来ていることが嬉しくてたまらない。親王の刀が本当に抜くことが出来たり、右大臣左大臣の弓に糸をを張って、背中に背負ってる矢をつがえて障子を的に射てみたり。








d0003995_7102066.jpg伯母は大正生まれだったのでこれらはそれの頃のものだろう。
こういう今はもう手に入らないような細工を施されモノ。そういうモノが命を全うするまで手助けするのが人間の役割の一つではあるまいかと思う今日この頃。
これは食べたら終わり、のお菓子を作り続けている者のセンチメンタリズムかもしれない。

カタチとキオク。
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by friand | 2010-02-21 07:07 | 雑記

和風空間が-2

d0003995_21264128.jpgそんなワケでいきなり玄関脇に出現した棚だけれど、ちょうどお正月の屠蘇器や漆器などを飾ってみるとなかなか静謐な空間ではあるまいか。
一枚だけあった和風の版画、置き場所が無くてトイレにあるチョコエッグのコレクションの棚の後ろに隠れていたのが見事に復活。
今まで行き場所、飾り場所の無かった小さなものが生かせるかもしれない。
一緒に持ち帰った螺鈿の正月用漆器は今年のお節には間に合わなかったけれどとにかく飾ってみる。小振りの四段重がついていて小さい頃からの私のお気に入り。
まさか私の手許に置くことになるとは思っていなかった。これは嬉しいことなのか寂しいことなのか複雑なところ。d0003995_2134816.jpg
詳しい人に見てもらってはじめてわかったのだけれど三段の盃はこのセットとは別のものらしい。
これだけ格が落ちるんだそうな。屠蘇器に合わせたものに買い替えなさいと言われてしまった。
また所々傷みが来てるのでちゃんと修理に出すようにと。修理先まで紹介していただいた。
何しろ昭和初期に建った家のそのまた前から存在したものなのだから。

d0003995_21463286.jpg輪島のお椀も一段と美しく見える。輪島の工房の蔵出しのもので、未使用だがずいぶん古いものらしい。日本産の漆が使われている。
東南アジア産の「ジャパンド」が当たり前の世の中、今の時代にはもはやなかなか手に入らないものだそう。
d0003995_215023.jpg東大寺のお水取りの椿の土鈴と興福寺の厄除けの土鈴。かわいく納まってくれちゃった。
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by friand | 2010-01-11 21:20 | 雑記

和風空間が

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やっと2009年の主な話題が終わり、
あらためて、明けましておめでとうございます。
お菓子を中心に書いてまいりましたが今年も作ったもの食べたもの、そしてお菓子に限らず周辺の事などに言及してゆきたいと思っています。

さて、突然我が家に和風空間が出現した。
上の屠蘇器もその一つ。築13年の2×4住宅に本格的な和風の部屋/生活など望むべくも無く、来客用に畳の部屋はあるもののあくまで人数に限定されない使い勝手を重視してのこと。
そんな我が家にあまりに突然の黒檀の飾り棚。
d0003995_1475688.jpg幅半間の超和風のこの棚。実家にあったものだが置き場に困り、また二束三文で処分するに忍びず、たまたま来合わせた骨董/時代のついた雑器などの好きな人達の薦めもあって、運ぶことに。
玄関にいずれちょっとレトロな洋風の飾り棚でも欲しいと思ってた場所にサイズ的にはぴったり納まる。
でも実際に置くまでは非常に不安だった。
唐木の家具を下手に配置するととても陳腐になると個人的には思っていたからだ。
背景のシナベニヤに塗装した腰壁、十分陳腐か?
でも北側の玄関が幸いして薄暗がりでは余り目立たない。
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by friand | 2010-01-10 14:29 | 雑記

路地咲きのバラの花

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埼玉県に住む従妹から路地咲きのバラの花が送られてきた。
正確には従妹ではないのだけれど昔から従妹待遇で付き合ってきた。
路地に咲くバラの花を見て、私の亡くなった父のバラ園を思い出してくれたらしい。
父はハイブリッドのバラを何百本と作り、春と秋のコンテストにいつも出していて、入選の常連でもあった。
盛りの頃となると庭中にバラの花が香った。
私の実家を知る人はバラと私のお菓子をセットで思い出してくれるらしい。
父は私の客のためにバラを丹精し、私は父の客のためにお菓子を作った。そんな時期が何年かあった。
お互いに自分の好きなことを通して孝行することが出来た幸せな父子であったと思う。
そして母はそのどちらもを応援してくれた。時にはぶつぶつ文句を言いながらも。
父の丹精したバラの庭はもう無い。
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by friand | 2008-09-20 20:23 | 雑記

奈良限定のスヌーピー

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東向き通り商店街で奈良限定のスヌーピーを見つけた。
鹿の角がはえていて鹿せんべいを持っている。
テリー伊藤が「ぬる坊」と命名した平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターよりなんぼか可愛い。いや、断然可愛い。
思わず大小2個買ってしまった。
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by friand | 2008-04-10 21:30 | 雑記

奈良の鹿

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春休み、奈良へ。
「鹿男あをによし」で頻繁に登場した飛火野(とびひの)で鹿に出会う。
あのロボットの鹿が置き忘れられていたのかと思うくらい。今にも話しかけてきそう。
おいおい、「しるし」はつけないでおくれよ。
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玉木君が良くぶっ倒れていた小川。
この奥の方に「ささやきの小径」というデートコースがある。
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ノグチの制服屋が今でもあのままの姿で健在なのは驚きだった。
ウインドウに飾られている奈良の中高の制服も健在だった。

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三条通にある浄教寺のしだれ桜。

今回の奈良の滞在はゆっくり鹿男廻りをするつもりだったのだが、予定外の事が起こり成就出来ず。
そのわりに「らしい」写真が撮れたかも。
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by friand | 2008-04-09 20:55 | 雑記

鹿男 第3回

1月18日のエントリーで「鹿男あをによし」を原作をしのぐ面白さだと大いに褒めたのだけれど、昨日の第3回はちょっとガッカリだった。
まず、いきなり玉置君が鹿になってしまった。もうちょっと徐々になって欲しいところ。
「サンカク」を手に入れるために大阪の道具屋筋まで出かけ、ついに盗み出そうとすると言うエピソード。
この原作にはないつまらないエピソードを入れるくらいなら、今後の剣道の試合や大和杯に向けて学校の中を丁寧に描いたほうがなんぼか面白いのでは無かろうか。
トロフィー屋のオヤジを演じた役者の個性に寄りかかった安易な作り方は嫌いだ。
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by friand | 2008-02-01 18:24 | 雑記