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ミートパイ

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お正月にガレット・デ・ロワを作ろかと思っていたのだけれど、家族の希望でミートパイに。
生地はなんちゃってフィユタージュなんだけれど、私的にはこの生地が完全に市民権を得ている、最近では。
先日、この生地を使ったお菓子をレッスンでつかったら、生徒さんからこんなはなしが。
「ミートパイを作ろうと思ってセンセイのレシピを捜したら、何とこれを習ったのは10年前!   しかもタイトルが《Mme.Uemuraのいんちきパイ》 でしたよ」

長く同じことを続けていると手に入る材料が変わったり、やり方が変わったり、流行が変わったり、世のライフスタイルや食に対する考えが変わったり…時には世の中そのものが変わったり。
そんな中、フィユタージュ生地に対する私の考えも。

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このミートパイ、起源は私の中学生時代にもさかのぼるのだけれど、少しずつ少しずつ変化して今日に至っている。
先日、バターの手に入らなさを嘆いたばかりだが、このことは私にとっては悪いことばかりではなかった。
久々にスーパーで雪印の無塩バターを使わざるを得なくなったのだが、このミートパイが焼き上がったとき、何ともなんとも懐かしい香りがしたのだ!!
それは私が生まれた家で香ったミートパイ。
ああ、あれは雪印バターの香りだったのだ。
ずっと発酵バターにこだわって焼き菓子を作って来たけれど、私の中に深く深く染み込んでいたパイの香りに本当に本当に久しぶりに再会できた。
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by friand | 2015-01-13 10:53 | 本日の制作

三景園

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奈良にある三景園と呼ばれていた生家を閉じた。
去年の夏以降たまに現れるセンチメンタルな雰囲気はこのことが原因。
時の流れとはいえ、自らを不甲斐なくも思う。
その最後に当たって縁のあった方々をお招きしてパーティーを開く。
40名余りの方に招待状を出し、そのほとんどの方とその家族・友人方にお出でいただき、終日の宴は約100名を数えた。
東京、山口、長野など遠いところからもようこそおいで下さいました。

大叔母のウエディング、祖母のポートレイト、16ミリの映写機と祖父がアメリカで撮影したとおぼしきフィルム。
専門家に見てもらうと何と数十年の時を超えて映写機は動き出した。
懐かしいと言う以前の私の知らない彼らの世界。
しかし彼らの生きた証は確かに私の中にあるのだろう。
たぶん私のお菓子は彼らの影響をまぬがれていない。
アメリカをめざした祖父母、赤ちゃんの時に帰国した父、私のフランス行きへの背中を押してくれた母。
全て繋がっている。

祖父は帰国後この家を建て、父はその後ずっとこの家で過ごし、一見平凡な人生を送った。
しかし彼は心の自由さ、奔放と言ってもいいほどの自由さと過激さをその蔵書に残した。それらは語らずとも彼の人生観を垣間見せる。
そして彼は子供たちを縛らず自由に生きさせてくれた。
彼ほど自由で天真爛漫な人を私は知らない。子供の頃には平凡でつまらない人生としか見えなかったのだけれど。
彼は乗法ではなく加法の人だったが命を終えるその瞬間まで成長し続けた人だと思う。

d0003995_18411175.jpgその終日の宴、私はボンボン・オ・ショコラ三種、ヴァランシア、キャラメルのケイクを用意する。
当日父の好きだったシュークリームを焼き上げるつもりだったけれど、オーバーワークで挫折。
d0003995_18435986.jpg奈良に居た当時この家で教えていた弟子たちの協力もあり、お菓子の量は十分。
よくぞ20年の時を超えて集まってくれた。感謝。

懐かしい方々との夢の様なひとときに家は喜び、人々も喜んだ。
そして…
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by friand | 2010-04-04 19:20 | 雑記

二十年ぶりに

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二十年ぶりに自分のおひな様を出した。
ずっと押し入れに入っていたままだったのでどういう状態かとても心配だったが、出してみると傷みもなく、何一つ欠けることなくきれいな状態で現れた。

子供の頃の早春の宵、ぼんぼりをともして、ただ何をするでもなくこのおひな様の前に座っているのが好きだった。
少し湿った空気と土のにおいが古い木造家屋のにおいと混じってしっとりと身体にまとわりついた。
薄暗い座敷の照明。
邪気のない静けさ。
夜中にこっそり宴を繰り広げるのだろうか。



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by friand | 2010-03-09 21:26 | 雑記

時代

昨年より断続的に奈良の生家の整理に入っている。
無人になっていた家だが、ちゃんと住みこなせば“お屋敷”といえる造りだけに荒れ果てた姿は見るにしのびないものがある。
しかし私が帰るとこの家が大きく深呼吸するのを感じる。生きている。
この家の持つ矜持だろうか、荒れた中にも毅然とした姿を保つ生家を前にして、維持しきれない末裔として忸怩たる思いがある。
戦前志賀直哉邸をはじめ文化人の家も多く手がけてきた数寄屋造りの下島松之助棟梁の仕事には80年経った今も何の狂いも生じていない。

子供が育つには住みにくい家だった。夏涼しく冬寒い伝統的な日本の家。南側と北側の両方に廊下があり窓のある部屋にあこがれた。
唯一窓のある部屋が女中部屋だったというのは皮肉な話である。

ここは八墓村ですか? 奥から双子のおばあさんが出てきそうですね、と言った人もある。
しかし、私にとっては不思議と邪気のないこわくない家だった。

色んなものの行き先を見つけてあげないといけない。

棚の奥に私がはじめてフランスに行ったときMORAで買ったシノワがあった。
余りにプロっぽすぎて家庭では使いにくく、ずっとお蔵入りしていた道具だ。
これを見つけた骨董屋の友人が、
「これは売れるよ、いい感じで時代が出てきている」という。
ああ、持ち主の私にもずいぶん時代が出てきているけど、値打ちはどうだろう。
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by friand | 2010-03-02 21:08 | 雑記

おひなさま

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思いがけず登場した和風の飾り棚のおかげで、玄関に季節感を出せるようになった。

奈良のおひな様と言えば一刀彫。作家や時代によって表情や奈良絵の衣裳の色合いなども違いがある。
5段飾りを出すのは大変だし、一つくらい持っていてもいいでしょう、ということで昔母が買ってくれたもの。湿気でシミが出てしまったけれど気に入っている柄とお顔。

私が子供の頃はおひな様は5段飾りが主流だったようで今のようにお道具つきの7段飾りではなかった。
私はお道具が欲しくて欲しくてたまらなかった。初節句の写真を見たらお道具が並んでる。このときだけ伯母のものを借りてきて飾ったのだそうだ。
私が大人になってからなのだけれど、その話をしたら伯母が自分のお道具を貸してくれるという。伯母の方はおひな様が傷んでしまってもう手許にはないらしい。そのまま持っていていいよ、と言ってくれて借りたままになっていた。
その後何年かして伯母は亡くなった。
従姉にその話をしたら気に入っているんだったら、Yちゃんにあげる、と言ってくれた。ありがたく伯母の形見としていただいたのがこのお道具。

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d0003995_752130.jpg最も気に入っているのがこれ。携帯用のお弁当箱なのだろうか。開くとこんな感じに。
飾ったことのある人ならわかると思うのだけれど、“雛形”と言う言葉があるように、おひな様は全てが本物そっくりに出来ていることが嬉しくてたまらない。親王の刀が本当に抜くことが出来たり、右大臣左大臣の弓に糸をを張って、背中に背負ってる矢をつがえて障子を的に射てみたり。








d0003995_7102066.jpg伯母は大正生まれだったのでこれらはそれの頃のものだろう。
こういう今はもう手に入らないような細工を施されモノ。そういうモノが命を全うするまで手助けするのが人間の役割の一つではあるまいかと思う今日この頃。
これは食べたら終わり、のお菓子を作り続けている者のセンチメンタリズムかもしれない。

カタチとキオク。
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by friand | 2010-02-21 07:07 | 雑記

和風空間が-2

d0003995_21264128.jpgそんなワケでいきなり玄関脇に出現した棚だけれど、ちょうどお正月の屠蘇器や漆器などを飾ってみるとなかなか静謐な空間ではあるまいか。
一枚だけあった和風の版画、置き場所が無くてトイレにあるチョコエッグのコレクションの棚の後ろに隠れていたのが見事に復活。
今まで行き場所、飾り場所の無かった小さなものが生かせるかもしれない。
一緒に持ち帰った螺鈿の正月用漆器は今年のお節には間に合わなかったけれどとにかく飾ってみる。小振りの四段重がついていて小さい頃からの私のお気に入り。
まさか私の手許に置くことになるとは思っていなかった。これは嬉しいことなのか寂しいことなのか複雑なところ。d0003995_2134816.jpg
詳しい人に見てもらってはじめてわかったのだけれど三段の盃はこのセットとは別のものらしい。
これだけ格が落ちるんだそうな。屠蘇器に合わせたものに買い替えなさいと言われてしまった。
また所々傷みが来てるのでちゃんと修理に出すようにと。修理先まで紹介していただいた。
何しろ昭和初期に建った家のそのまた前から存在したものなのだから。

d0003995_21463286.jpg輪島のお椀も一段と美しく見える。輪島の工房の蔵出しのもので、未使用だがずいぶん古いものらしい。日本産の漆が使われている。
東南アジア産の「ジャパンド」が当たり前の世の中、今の時代にはもはやなかなか手に入らないものだそう。
d0003995_215023.jpg東大寺のお水取りの椿の土鈴と興福寺の厄除けの土鈴。かわいく納まってくれちゃった。
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by friand | 2010-01-11 21:20 | 雑記

和風空間が

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やっと2009年の主な話題が終わり、
あらためて、明けましておめでとうございます。
お菓子を中心に書いてまいりましたが今年も作ったもの食べたもの、そしてお菓子に限らず周辺の事などに言及してゆきたいと思っています。

さて、突然我が家に和風空間が出現した。
上の屠蘇器もその一つ。築13年の2×4住宅に本格的な和風の部屋/生活など望むべくも無く、来客用に畳の部屋はあるもののあくまで人数に限定されない使い勝手を重視してのこと。
そんな我が家にあまりに突然の黒檀の飾り棚。
d0003995_1475688.jpg幅半間の超和風のこの棚。実家にあったものだが置き場に困り、また二束三文で処分するに忍びず、たまたま来合わせた骨董/時代のついた雑器などの好きな人達の薦めもあって、運ぶことに。
玄関にいずれちょっとレトロな洋風の飾り棚でも欲しいと思ってた場所にサイズ的にはぴったり納まる。
でも実際に置くまでは非常に不安だった。
唐木の家具を下手に配置するととても陳腐になると個人的には思っていたからだ。
背景のシナベニヤに塗装した腰壁、十分陳腐か?
でも北側の玄関が幸いして薄暗がりでは余り目立たない。
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by friand | 2010-01-10 14:29 | 雑記

路地咲きのバラの花

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埼玉県に住む従妹から路地咲きのバラの花が送られてきた。
正確には従妹ではないのだけれど昔から従妹待遇で付き合ってきた。
路地に咲くバラの花を見て、私の亡くなった父のバラ園を思い出してくれたらしい。
父はハイブリッドのバラを何百本と作り、春と秋のコンテストにいつも出していて、入選の常連でもあった。
盛りの頃となると庭中にバラの花が香った。
私の実家を知る人はバラと私のお菓子をセットで思い出してくれるらしい。
父は私の客のためにバラを丹精し、私は父の客のためにお菓子を作った。そんな時期が何年かあった。
お互いに自分の好きなことを通して孝行することが出来た幸せな父子であったと思う。
そして母はそのどちらもを応援してくれた。時にはぶつぶつ文句を言いながらも。
父の丹精したバラの庭はもう無い。
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by friand | 2008-09-20 20:23 | 雑記

Noritakeの食器-2

d0003995_2065468.jpg暑くてお菓子を作る気にならないので、食器ネタでしばらくつないでみます。

古いノリタケの画像をもう少しディテールがわかるようにしてアップしてみました。
この食器には本当にお世話になりました。
子供の頃、誕生日にはビーフカツレツがのったものです。
そう、関西でごちそうと言えばビーフカツ、絶対にトンカツではありません。
付け合わせは千切りキャベツとスパゲティーナポリタンかケチャップライス、というのが定番でしたでしょうか。
母が手作りしてくれたバラの花のデコレーションの乗ったバースデーケーキと「豪華」な皿にのった料理で私はこの上もなく幸せだったのを覚えています。
良い食器を持ちたいという気持ちはきっとこのころから育まれていたのでしょう。
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by friand | 2005-08-20 20:31 | 道具・小物

Noritakeの食器

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事情があって奈良にある私の生家を一部整理をすることになった。
そこでいくつかのものを持ち出したわけだけれど、土地柄法隆寺の管長の書だとか富本憲吉の小品とかもあるのだが、何を置いても私が手許に置きたかったのはこのノリタケのディナーセットである。私が生まれる前からこの家と共にあり、私の食器の原点だ。
写真のノリタケは昭和初期、生家の新築祝いに当時ノリタケの食器をアメリカに輸出している仕事をしていた人がくれたものだそうだ。1ダースのフルディナーセット、だったはずだがティーポットが最初から欠けていたらしい。祖母はこれだけのものをいただきながらさんざん、ぶーたれていたとか(笑)今や、それどころか随分数が減ってしまっている。ばーちゃん、ゴメンネ。
この食器は誕生日やクリスマスなど大切な日の食卓に必ず上った。私はいつか自分がディナーセットを持つなら「こんな」セットが欲しいと思っていた。そして、近年のノリタケで私が最も「ノリタケらしい」と思うシリーズをやはり1ダースで買った。それが9662 APHRODITEシリーズ。デザートのプレート の写真で使用した皿に対してhenさんが素敵だと言ってくれたが、これは正直とても嬉しいコメントだった。
自宅に生家のノリタケを送り、きれいに洗ってテーブルに並べたとき、あらためてその美しさに胸が締め付けられる思いがした。
名古屋にあるノリタケの博物館に展示されているような食器を実際に使うことが出来るのは、どんな高価な現役のブランド食器を使うより心地よい。
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by friand | 2005-08-19 12:04 | 道具・小物