カテゴリ:パリ - ロンドン( 62 )

yohkoさんとJYと私のこと 4

日本に帰国してからも私たちのお付き合いは続く。
紹介してくれた友人を含めて3人で会ったり。

その上yohkoさんを追ってJYが日本に留学してきた。
yohkoさんは当時、結婚するなら日本人、フランスに骨を埋めることは考えられないと言っていた。
一度は日本でyohkoさんに振られた失意のどん底のJYは何故か彼女の友人縁者を頼っての傷心旅行で日本を行脚した。
「JYが傷心旅行に行くからよろしくね」との電話を私も受ける。
「コーヤに行きたい」という彼の希望で私の母も誘って高野山への旅をアレンジしたり、ま、奇妙なお付き合いが続く。

そういう紆余曲折のすえ、彼らはめでたくゴールインしたわけだ。
私もパリに半永久的に自分の宿が出来るとあって大賛成だった。
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by friand | 2008-01-04 13:58 | パリ - ロンドン

yohkoさんとJYと私のこと 3

とはいえ私もyohkoさんにお世話になりっぱんしだったと言うわけではない。
私がパリに行って2,3ヶ月めのこと。

yohkoさんの大学時代の友人が彼女を頼って単身パリに旅行にやってきた。
例のごとくyohkoさんは日本人のアパートの空き部屋を見つけて彼女の宿を確保。
しかし日本からの友人に全面的に付き合っている暇はなし。
と言うわけで私がそのannちゃんとコンビを組むことに。

そして何とyohkoさんはある日annちゃんを置いてJYと二人イタリアにバカンスに出かけてしまった。
「yokoさん、annちゃんをよろしくね。良かったらどこか旅行にでも連れて行ってやって」
「う…」

そんなわけで私と初対面のannちゃんは何故かザルツブルグ、ウィーンの旅に。
右も左もわからず、yohkoさんに放り出されたannちゃんを連れての初めての鉄道の旅に、頼れるのは自分だけ、と急に自立出来た私でした。
それでも当時の私は普通に接していたつもりだけれど、
「yokoさん、恐い…」といまでもannちゃんは言います。
すごく緊張してたんでしょうね。

yohkoさんは面倒見が良いのやら悪いのやら(笑)
きっと彼女は自分の出来る範囲で無理をせずやってくれる人なのです。
だから私も今回の旅行、遠慮無く甘えさせて頂きました。
(んなことない、少しは遠慮しろって?)
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by friand | 2008-01-04 13:52 | パリ - ロンドン

yohkoさんとJYと私のこと 2

私がパリに行ったときyohkoさんは既に滞在3,4年目。
ディプロムをとってそろそろ帰国しようかと言う時期だった。

私は彼女からフランスでの留学生の生き方を伝授された。

・よそ見しないで早足で歩け。
・バッグは必ず手でしっかりと押さえておけ。
・道で声をかけられても振り向くな。にっこりなんてもってのほか。
・地下鉄で居眠りするな。
・贅沢は敵だ。

などなど。
1980年代初頭、日本からの留学生達の生活はみな質素だった。
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by friand | 2008-01-04 13:39 | パリ - ロンドン

yohkoさんとJYと私のこと

今回の旅をサポートしてくれたyohkoさんとJYとは20年来の友人だ。
yohkoさんは私が初めてフランスに行ったときにとてもお世話になった人。
私の大学時代の最も信頼する友人が当時フランスに留学中だったyohkoさんを紹介してくれた。
yohkoさんとその大学時代の友人は高校の同級生でこれまた強い信頼関係にあった。
メールもない時代、友人を通して顔も知らないどうしが手紙のやり取りが始まった。
この私たち3人のお付き合いはお互いの物理的距離もあって密度は濃くないけれど今も途絶えることなくずっと続いている。

yohkoさんからの情報で私は留学先を決め、彼女の用意してくれたストゥデイオに住むことが出来た。
パリではよくあることだがアパートの又貸しで部屋を確保することが出来た。当時そのアパートの借り主はナイジェリアに通訳のアルバイトに行っていて留守だった。
そしてフランス滞在の為の諸手続のお手伝いやアドバイスをしてくれた。
初めての外国、しかも留学で住む場所を確保してくれ、空港まで迎えに来てくれた。
(その時飛行機で隣り合わせになったスペイン留学中の学生と仲良く楽しそうに現れた私はいきなりyohkoさんの顰蹙を買ってしまった)
当時彼女は学校とアルバイトでとても忙しかったけれど私がパリに適応出来るよう最低限ではあるけれど絶対に必要な助力をしてくれていたと言うことが今になって良くわかる。

そしてJYはその当時からyohkoさんのボーイフレンドでありアッシーくんだった。
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by friand | 2008-01-04 13:17 | パリ - ロンドン

成田

定刻通り成田到着。


はじめて知った。
お正月というのは年末をきちんと過ごした者にのみやってくるのだと言うことを。
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by friand | 2008-01-01 23:49 | パリ - ロンドン

再びロワシーへ

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来たときと同様JYが空港まで送ってくれる。

ここに到着したのがまるで昨日のことのよう。
JYはすっかりyuukoのパリのお父さんになった。

JY、yohkoさん、mioちゃん、ありがとう。お世話になりました。
次はまた、日本で。
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by friand | 2007-12-31 23:40 | パリ - ロンドン

最後の昼食

d0003995_23255238.jpgyohkoさんとJYの住むアパルトマンの最寄り駅Censier DoubentonからRue Mongeに出ると可愛い食器やさんがあった。
今まで気づかなかったのだけれどとても手頃。
日本で言うところのパチモノだけど楽しいので派手なのを買った。
お店は「白い陶器やさん」と言う意味の名前だったが。

これもまたパリで買ったマカロンのロウソクと一緒に写真を撮ってみました。

最後の昼食はyohkoさんのステーキ。
ソースがとても良いお味でした。

この後は荷造りをするばかり。

yohkoさんは友人達を招いての今夜のカウントダウンパーティーの準備で大忙し。
彼女はとても料理が上手。忙しいのに手間を惜しまず意欲的に作る。
ああ、私にもう少し余裕があったらデザートを作ってあげたのに。
もう一日いたかったなあ…
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by friand | 2007-12-31 23:34 | パリ - ロンドン

シテ島のアンティークやさん

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ルーブルで窒息しそうになったので外に出る。
シテ島まで歩くとお菓子の道具やキッチン用品を沢山展示したアンティークやさん。
でもおやすみ。
開いているときに来たかったな。
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by friand | 2007-12-31 23:18 | パリ - ロンドン

ルーブル

d0003995_2256293.jpgルーブル美術館はやたら広く疲れるし、展示してある特に絵画の時代が個人的には余り好きではない。
今回もどうしようかと思いつつ後回しになっていたのだけれど、エッフェル塔やルーブルと言ったパリの一番の名所は初めてきたときにとりあえず脚を向けなければ意外と行く機会が無くなってしまうものだ。だから私の個人的趣味は置いておいてとりあえずどんな場所か見てみるのも良いし、マダム・ジョコンドの実物も見てみるのも悪くない。d0003995_22562173.jpg

それにしてもこの時期のパリはどこに行ってもメジャーな場所はこんなにも込んでいるのか。
効率よく回るために日本語オーディオガイドを借りようと並んだら午前のそんなに遅い時間でもなかったのに品切れ。またもや時間を無駄にしてしまった。

ものすごい人混みの中とりあえずマダム・ジョコンドの部屋へ。
実物は意外に小さいと言うことさえ知ればそれで十分。何しろ立ち止まるな、写真を一枚撮ったら動けととても「鑑賞」出来る雰囲気では無い。d0003995_2256523.jpg

イギリスで自然史博物館と大英博物館、フランスで自然史博物館とルーブル、と言う風に見たわけだが、イギリスの方がはるかに見やすく出来ていることに気づいた。博物学の本家の実力だろうか。

とても空いているアフリカの部屋で癒される。
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by friand | 2007-12-31 22:55 | パリ - ロンドン

ラクレット

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パリの最後の晩餐はyohkoさんがラクレットの用意をしてくれた。私が食べたがっていたのを知っていたのだ。

結婚式の引き出物に出てきそうな家庭用ラクレット器。
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娘も私も楽しく美味しく食べた。d0003995_2115529.jpg
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by friand | 2007-12-30 21:17 | パリ - ロンドン