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オーボン ヴュータン

私がフランス菓子店「オーボン ヴュータン」を知ったのはエコール・ルノートルでスタージュを受けているときだった。当時池袋西武のルノートルからルノートル製菓学校に派遣されていた職人とたまたま同じクラスになり、色んなことを教えてもらった。その時彼は日本に帰ったら絶対に「オーボン ヴュータン」に行くようにと言った。その聞き慣れない名前に私は何度も聞き返し、ノートにメモを取ったように思う。思い返せばそれは80年代の初め頃、河田氏が尾山台にお店を持ってからまだそんなに時間が経っていない頃だった。

フランスに一年ばかり滞在し、いくつかの学校でスタージュを受けてすっかり生意気になって帰ってきた私は、当時日本のどのお菓子を食べても水っぽく特徴無く、物足りなく感じた。そしてフランスの配合で作ってもイメージ通りの味が出来ない。美味しさが表現できない。気候風土、手に入る素材、日常口にしている食べ物などが全て違う。
ルノートルで出会ったO君の言葉を思い出し、私は尾山台の「オーボン ヴュータン」に出かけた。そして当時まだ店内にあったサロン・ド・テでいくつかのお菓子を食べ、衝撃を受けた。
フランスで食べて感じた美味しさがそこにあったのだ。80年代、今と違って材料は本当に手に入らなかったはずだ。
河田氏は日本の環境と素材で、日本の空気を吸い、日常日本の食べ物を食べ、日本的な文化にどっぷりとつかっている日本人に、フランスで食べた時と同じ感動、同じ美味しさを提供していたのだ。
80年代、90年代と私は奈良から定期的にオーボン ヴュータンを訪れた。その間河田氏のお菓子は決して私を裏切らなかった。
テレビ番組でブレイクした後、一時期まるで合戦の後のような光景だった時期もあるが…

オーボン ヴュータンの河田勝彦氏が新刊「古くて新しいフランス菓子」を出した。
河田氏がこだわり続けてきたフランスの大地と文化に根ざしたお菓子を「古典菓子」「近代菓子」「伝統菓子」の三つに分類しルセットを紹介している。そして今回特徴的なのはその菓子やそれを創り出した職人について詳しく解説していること。
特に「近代菓子」にはアントナン・カレームからガストン・ルノートルまで、フランス菓子の歴史を作ってきた職人についての略伝がきちんと載っていて印象深い。
私の書きかけと菓子職人の部分はほぼ同じ人選であったのが嬉しい。というかカレーム以降の流れはこれ以外にはないのだけれど。
私のリストには現役真っ盛りでかえって失礼かと思い、敢えて書いていなかったのだけれど同時代の菓子職人として河田氏の名前を最後に入れたいと思っていたのだった。


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by friand | 2010-10-12 18:52 | お菓子雑感
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